死してなお人気の絶えないSF作家「伊藤計劃」の魅力に迫る
※画像はスクリーンショットです。
皆さんは、伊藤計劃という作家をご存じだろうか。
多くの賞を獲得してきたSF作家であり、今年2015年、彼の3つの長編作品がアニメ化される。それにともなって書店では、大々的な宣伝が行われていた。
今回は、今注目を集めている彼の作品について、その魅力を紹介したい。
できることなら、読者のみなさんには伊藤計劃の作品を実際に手に取って読んでもらいたいため、ネタバレはなるべく控えて紹介をしていこうと思う。
伊藤計劃ってどんなひと?
伊藤計劃、1974年東京生まれ。Webディレクターとして働くかたわら執筆した『虐殺器官』が、処女作でありながら2006年の第7回小松左京賞の最終候補となり、これをきっかけに翌年、作家デビューを果たす。
のちにこの『虐殺器官』は「ベストSF2007」国内篇で第1位を獲得、第1回PLAYBOYミステリー大賞を受賞した。
また、次の長編である『ハーモニー』は第30回SF大賞を受賞し、「ベストSF2009」国内篇でも第1位に選ばれた。また英訳版も発行されており、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞するなど、海外でも高く評価されている。
全ての受賞歴をここに書くことはできないが、伊藤計劃が素晴らしい評価を得ている作家だということは理解していただけたのではないか。
『虐殺器官』の解説にある大森望氏※の言葉を借りれば、
「2010年代の日本SFを先頭に立ってひっぱるのは伊藤計劃であるはずだった」
のである。
しかし、伊藤計劃は2009年に癌が原因で亡くなっている。作家デビューからわずか2年。癌と闘いながらの作家人生であった。彼の作品にはどこか「死」を強く意識されられるところがあるのはそのためかもしれない。
※SFを中心として活動をする日本の書評家、翻訳家、評論家、アンソロジスト。筋金入りのSFファンであり、多くの作品の評論や紹介を積極的に行っている。
伊藤計劃の織りなす緻密な世界観
では、伊藤計劃の作品の魅力について語っていきたい。ここでは代表作である『虐殺器官』と『ハーモニー』を取り上げ、共通の魅力を紹介していく。
まず挙げられるのは、大森望氏の解説で言われているように
「ひたすら、いま現在の人間と世界が抱えている問題を描こうとしたこと」
だろう。
現実の問題から着想を得て、それがより印象的になるように世界観を詳細に作り上げているのだ。
『虐殺器官』では「テロとの戦い」というテーマが扱われた。そのための最新のテクノロジーが軍事領域において投入される様子が緻密に描かれている。
『ハーモニー』では健康に生きることを最重要視する社会で、「だれも病気で死ぬことがない世界」をリアルに描き、その世界の閉塞感に反抗しようとする少女たちが描かれた。
どちらも多くの参考文献をもとに作られているため、読んだ方は必ずその細かく作りこまれた世界観に大きな衝撃を受けることだろう。
伊藤計劃の描く「死」
*Photo by hans van den berg
私が考える伊藤計劃の作品の魅力はもう1つある。それは対立する2通りの「死」の扱い方だ。
1.生者を呪う「他者の死」
「死」というものは、本人ではなく他者に大きな影響を与える。特に自殺など、「死」の理由がよく分かっていないとき、死者に親しい者はその人の死の原因に悩み、長くにわたってその「死」にとらわれるだろう。
作中の表現を借りれば、他者の死に「呪われる」のである。
伊藤計劃は、主人公たちが「身近な者の死」という「過去」にとらわれている姿を丁寧に描き出している。
生き残った彼らは悩み続ける。
「なぜ彼/彼女は死ななければならなかったのか」
そして「他者の死」に突き動かされて、行動をしていく。
2.「死ぬこと」や「死体」そのものは単なる事実・物質として突き放す
しかし一方で、「死ぬこと」や「死体」についての描写は驚くほど淡々としている。作中で、人間はいとも簡単に死ぬ。そして生命を失った肉体は単に「モノ」として扱われる。人間はあっさりと死んでしまうし、あっさりと死んでいるのだ。
つまり、死という「事態」に対しては、とても突き放した態度がとられている。
死ぬことや死体そのものは物質的に、突き放して描くのにもかかわらず、「他者の死」という過去についてはとても固執した態度をとる。この不思議なギャップこそが、伊藤計劃の作品のもう1つの魅力なのではないかと私は感じるのだ。
現実の社会問題を映し出す緻密な世界観。そして「他者の死」対「死ぬこと」「死体」の明確なコントラスト。
こうした味わい深い魅力を、伊藤計劃の作品は持っている。劇場アニメ化する前に、是非とも小説を買って読んでみてはいかがだろうか。
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