【SF小説シリーズ】肉体を捨てて宇宙へ……。『ディアスポラ』の魅力
「Space is the final frontier……」
これは、『スタートレック』というアメリカのSFドラマのオープニングで言われたセリフです。地球上のあらゆるところまで探索しつくされた現在、たしかに「宇宙は最後のフロンティア」かもしれません。
人類が遠い宇宙を目指す根拠はどこにあるのでしょう。
単なる知的好奇心から? それとも人類の生活圏を拡大したいという欲求から?
それともほかの理由が存在するのでしょうか。
その根拠は、「不安」という人間的な感情にこそあるように私は感じます。
「この宇宙に生きる生き物は地球上にいる私たちだけなのか」「私たちはこの宇宙で孤独なのではないか」
そのような不安が、人々を宇宙へと駆り立てているのでしょう。
この記事で紹介するSF小説『ディアスポラ』では、新たな「出逢い」を求めて宇宙に旅立っていった人々の物語が描かれていきます。
1、コンピューターのなかの人々
『ディアスポラ』で描かれるのは、コンピューターの世界に存在する人たち。彼らは肉体を捨てて、人格や記憶をソフトウェア化して生きています。
ソフトウェア化した人たちの感覚は、もちろん現代を生きる私たちとはかけ離れたもの。
コンピューターの「観境」とよばれる場所で、「見る」や「触る」とは異なる方法で世界を知覚しているのです。
では、なぜ彼らはソフトウェア化されたのか。それは、宇宙で生きる彼らにとって人間の「肉体」は障害でしかなかったからです。
宇宙は、肉体を持った人間が生きるには過酷な環境。無重力空間は人間の身体能力を奪い、放射線は遺伝子を破壊していく。
また、星から星へ旅をするには膨大な時間がかかります。数年数十年、もしくは百年以上かかる宇宙の旅には、ヒトの一生は短すぎる。
しかし、コンピューターの観境に住む彼らには、そのような障害は関係ありません。
遠くの宇宙へ旅立っていくという目的には、肉体を捨てた姿が最も適しているのです。
小説は彼らの視点で物語が語られていきます。
読みはじめは私たちと違いすぎる感覚にはじめは戸惑うかもしれませんが、読み進めるうちに肉体の制約から解放された彼らの世界が魅力的に思えてくるでしょう。
2、対話のために
新たな知的生命体との対話という目標へと向かっていく『ディアスポラ』の物語は、主人公ヤチマの周囲にいる人々の活躍によって進められます。
とてつもない距離を飛び越えるための技術。宇宙全体を理解するための万物理論。中性子に残された異性体の手がかり。それらを解明していく人々の物語は、さながら伝記物語のように綴られていきます。
「自らの使命を全うするために」「愛する人を助けるために」
そのような、単純な人の思いによって、複雑な科学理論が解明されてくのです。
3、グレッグ・イーガンの小説として
本作は、オーストラリア人作家グレッグ・イーガンによって書かれています。
1992年から活動している彼の小説は、現代における実際の科学理論を下敷きに書かれているため、その壮大な世界観は綿密な科学的根拠で組み立てられています。
そのため、物理学などの知識がなければ少々難しいと思われる設定や表現、描写が数多く使われています。
しかし、複雑な科学設定と登場人物それぞれの営みが絡み合うことで、1つの物語として完成されている。
それこそが、イーガンの小説が多くの読者の人気を得ている理由ではないかと思います。
『ディアスポラ』は彼の代表的作品。イーガンのSFドラマに、是非触れてみてください。