低コストメディア時代に「調査報道」は生き残れるか?
ネットメディアにジャーナリズムを担うことができるのか。それが今回のインタビューの大きなテーマです。
お話を伺ったのは、日本テレビの清水潔さん。地道な独自取材による調査報道で数々の実績を挙げているジャーナリストです。
清水さんは、足利事件(1990年の女児誘拐殺人事件)での冤罪発覚のきっかけとなる「調査報道」をおこないました。
この事件を主に扱った著書『殺人犯はそこにいる』で、清水さんは「発表報道」の問題点と「調査報道」の必要性を主張しています。
「発表報道」は、官公庁の発表や企業のプレスリリースをそのまま報道すること。
その一方、「調査報道」は、発表やプレスリリースではなく記者の独自取材から得られた情報を自らの責任のもと報道することです。
足利事件当時の大手メディアは、独自取材で警察の捜査を検証することはありませんでした。
それどころか、容疑者になった菅家利和さんを犯人だと決めつける警察発表をそのまま報じるばかり。
つまり、発表報道しかされませんでした。自白を強要されたと主張する菅家さんやDNA再鑑定を求める弁護団の声は、メディアには聞き届けられなかったのです。
事件から17年後の2007年、足利事件の不審な点に気づいた清水さんは、独自取材から「足利事件の真犯人は他にいる」と確信します。
地道な調査による裏付けを重ね、2008年からはテレビでのキャンペーン報道を開始。足利事件での警察と検察のずさんな捜査や、科警研によるDNA型鑑定の問題点を指摘しました。
その後おこなわれたDNA再鑑定で、ついに菅家さんの無実が発覚します。逮捕から17年以上が経った2009年、ようやく菅家さんは釈放されました。
さて、時は2015年。メディアは激動の真っただ中です。紙媒体のニュースメディアは失速し、デジタルのメディアが成長しています。
いよいよニュースサイトにも、新聞や雑誌レベルのジャーナリズムが求められるときが近づいているのではないでしょうか。
しかし、低コスト主義が目立つ現在のニュースサイトは、その期待に応えることができるのでしょうか。
そんな疑問を持ちながら、調査報道の第一人者である清水潔さんにお話を伺いました。
大山(インタビュアー):
スマホの普及によって、「TwitterやSmartNewsなどで、たまたま見かけたニュースを拾い読みして、世の中の流れを知る」という人が増えています。
そして、そこでは「新しく、コンパクトで、わかりやすいもの」が読まれやすいという傾向があるようにも思います。
これは、逆に「後発で、長くて、込み入った調査報道」には不利な環境ではないでしょうか。清水さんご自身は、そういう調査報道の劣勢を感じることはありますか?
清水さん:
発表報道と調査報道の「比率」という意味では、あんまり変わらないと思います。 これが99:1なのか、99.5:0.5なのかはわからないけど、そもそも調査報道はものすごく少ないから。
ただ、昔から発表報道が大半だったとはいえ、反体制スタイルの報道は以前もっとたくさんあったという風に思います。
たとえば安保法案。そういうのが出てきたら、やはりメディアは、「この法案は本当にこれでいいのか」みたいな、反対意見も主張する必要がある。社説やコラムという形で。
これがいまものすごく少なくなっています。特にこのことに関して、僕はとても危惧していて。
なぜかというと、記事の内容と量とかそういう話ではなくて、なによりもまずメディアっていうのは権力の監視システムだから。
これは憲法の存在と全く同じ考え方。憲法っていうのは権力が暴走したときに、それを食い止めるためにあります。
そして、権力が暴走しているかどうか国民が判断する材料を伝えるのが、メディアなんです。
大山:
メディアっていうのは、憲法とセットで役割を果たすのですね。
清水さん:
そう。 これが機能しないと、国民は「いま国家はなにをしてるんだっけ」ってなってしまう。
安保法案だってついこの間までそうだった。でも、参考人として呼ばれた憲法学者たちが3人が3人とも「これは憲法違反です」って言ったときに、さすがにメディアも法案の危険さを報じ始めたわけですよ。
しかも、3人の憲法学者がそう言った場所は国会だった。でも、これは本来いまさら国会で起きることではなくて、メディアがまず最初にやらなきゃいけないこと。最初から憲法学者に聞きに行かなきゃいけなかったんです。
それすらあの日までやっていなかった部分が、権力に対する批判能力の低下というか、メディアとして致命的にダメだった点だと思っていて。
大山:
そのなかで調査報道がもっと必要だと思いますか?
清水さん:
んー、もっとというか、僕はほんとはそれだけやっていればいい気がするんですよね。
たとえば、官庁の発表を報道する記者クラブの人たちは、記者会見があるたびにいっせいにパソコン叩いて言語化している。それを担当する人たちが全社いるわけです。
でも、もし記者クラブの縛りがなければ、ネットに上がった瞬間に誰でも読めるようになる。そんな部分に何人もの記者が割かれている。
これは僕の個人的な意見なんだけど、通信社の記者がぜんぶそこでテキストにして、各社に配信すればいい。そうすれば、記者クラブに配置するのはひとりかふたりで済む話だと思うんです。
いまそこに割り当てられている大勢の記者が、みんな自分たちの関心ごとをちゃんと一から取材していれば、世の中変わるだろうなと。
調査報道は足を動かすことから始まる
Photo by Daniel Rubio on flickr
大山:
新聞と雑誌が失速する一方、ネットメディアはどんどん成長しています。もしかしたら、ネットニュースが紙のニュースに取ってかわる時代が来ているのかもしれません。
しかし、ネットメディアの業界では、時間やお金のかかる「取材」をせずに記事作成にかかるコストを低く抑えようとする考えが強い。
こういった考え方からすると「コスパの悪い」調査報道は、この先どんどん減ってしまうのではないでしょうか?
清水さん:
でも、調査報道っていうのにはいろんなものがあるでしょう?
僕がやっているみたいな、何か月もかけてひとつのネタを扱う調査報道もあるけど、これは少ない。
でも、興味を持って調べること自体には、意外にお金がかからないという面もあって。
たとえば江の島には猫がたくさんいるんだけど、この1、2年くらいのあいだに猫が激減してしまった。
こういうことに興味を持った人が調べていくとすぐにその原因はわかる。これはすぐできるんですよね。
ちなみにその原因っていうのは、写真に載っていた位置情報でした。
2013年のパソコン遠隔操作事件のとき、「江ノ島にICチップをつけた猫がいる」っていう報道がたくさんあったでしょう。
そのとき、猫好きの人たちがどんどん江の島に行き始めて、スマホとかで猫の写真を撮った。そのデータに緯度経度とかの位置情報が載っていた。「その猫がほしい」って人はそれを見てその場所に行ってしまう。
そんなことがたくさん起きて、江の島の猫は激減してしまった、ということなんです。
こういうことを突き止めて報じるのも、れっきとした調査報道です。
たとえば、江の島へ遊びに行ったときに、たまたまそういうことに気づいたら、「スマホやデジタルカメラの位置情報って何のためにあるんだっけ」って考える。
「それを便利に思ってる人と危うい目に遭ってる人ってどっちが多いんだ?」って。
そうして調べていくと、実は芸能人が家の中で撮った写真をSNSにあげたら、それに情報が載ってて芸能人の家の場所がバレてしまったみたいなケースがあるっていうことも分かってくる。
思わぬ疑問から意外なことが展開していくんです。そういうニュース感覚を持ち合わせていれば、いろんなやり方がある。
「記者全員が権力と闘え」なんていう話ではまったくない。足を使って調べることから、調査報道が始まるんですよ。
足利事件の報道のときだって、最後はカメラマンや何人かを引き連れていったけど、最初はひとりで栃木や群馬まで電車で行って、レンタル自転車でぐるぐる回ってました。
そういう取材からいろんなことが分かってきて、「これは大事なことだから、カメラマンもつけてしっかり報道しよう」みたいな話になっていったりする。
最初から10人も20人もかけて何かすごいことやっているかと言われたらそうでもないんです。
最後は人間力なんですよね。すべてはその人の脳内で事が進んでいく。そこが一番大事で、あとは自分が抱いたものが本当なのかを立証する作業。
「ネットの情報=タダ」がネットメディアをダメにする
Photo by Pictures of Money on flickr
大山:
なるほど……。とはいえ、大手クラウドソーシングサイトでは「1記事500円~」という求人すらめずらしくありません。
これでは「興味をもって何かを調べる」という姿勢すら失って、「とにかく速く記事を生産する」という考えに陥ってしまうように思います。
清水さん:
ネットメディアにとっての大きな問題は、課金できるかどうか。プロとして一生懸命やっても「どうやって儲かるんだっけ?」となってしまう現状がある。
でも、ネットでしっかりやっていくには、どうしても課金に切り替えていかなければいけない。どう切り替えていくかっていうのはきっと大変だと思います。
なぜかというとネットの情報をみんなタダだって思っているから。
ここがクリアできないと、やっぱりこれ以上広がらない。情報産業として頭打ちになるんじゃないかと思う。タダで情報が手に入ると思われるままでは、きっとダメになってしまう。
大山:
それがいまの、記事1本2000円や3000円、悪ければ500円ほどしかかけられないネットメディアの課題という……。
清水さん:
最後は10円くらいになっちゃうかもしれない。でもこれは、経済原則。そこは負けは負けで、負けたら終わりなんです。
そこで今の大手メディアは、ネットも含めてどうやって生き残るか、考えていかないと間違いなく尻すぼみになる。
いまのお年寄りは毎朝新聞がポストに入っていて、それを開かなきゃ一日が始まらないっていう人はたくさんいます。でも、だんだん世代交代していくわけだから。
他のメディアの状況だってどんどん変わっていくでしょう。この流れに乗っていけないところは置いてけぼりを食らってしまう。
それをメディアの人たちは真剣に考えるべきだよね。
取材・文/大山 慧士郎
『騙されてたまるか 調査報道の裏側』(新潮新書)
今月17日に発売された清水さんの最新著書。30年以上の取材経験のなかで清水さんが培ってきた「“真偽”を見極める力」が明かされる、記者人生の集大成です。