「9浪」28歳早大生敬愛!”OFF COURSE”小田和正さんのすゝめ
(photo by madhan r)
「平成」が終わり、「令和」が始まりました。
時代が動く瞬間を目の当たりにし、歴史の証人となったことを感慨深く思っている人もいることでしょう。
平成を振り返る企画が連日メディアで取り上げられていましたが、個人的にここで注目したいのが、さらに遠いものとなっている「昭和」に活躍したアーティストです。
その名前は「OFF COURSE」(以下オフコース)。小田和正さんがリーダーを務め、1969年から1989年にかけて活躍したグループです!
小田さんは御年71歳。今でもライブではほとんどの曲を原曲キーで歌い、衰えの見られないハイトーンボイスと、抜群の安定感で老若男女に愛されています。今でこそ愛想がいい好々爺のイメージがありますが、オフコース時代はライブでもほとんど話すことがなく、寡黙な職人のような雰囲気を醸し出してアイドル的人気を誇っていました。
作詞作曲においても、今と作風は大きく変わりませんが、当時はより「愛」をテーマとした純文学的な歌詞を書き、視聴者の想像力を惹起させる曲を作っていました。
今回は、オフコースが「さよなら(1979年)」「言葉にできない(1981年)」を出すなど、全盛期であった1979年~1982年にリリースした若者に知られざる名曲を3つ紹介します。
3位「思いのままに」
画像はイメージです。(photo by Georgie Pauwels)
79年発表、アルバム「Three and Two」に収録。小田さんは「愛を止めないで」、「I LOVE YOU」、「愛の中へ」など「愛」に関する曲を多数作っていますが、この曲は当時の小田さんの複雑な心中を吐露したような歌詞が光る異質な作品です。
「ひとつの夢を いつもぼくは追いかけていた ひとつの歌に その夢をのせてうたった」
「君にはただの愛のうたも 僕にはこんなにせつない愛の調べ」
「誰にも ぼくのゆく道を 止められない そうだろう 行かせてほしい」
メンバーが2名から5名になり、フォークソングからロック調のバンドサウンドに移行しようとしていた激動の時期。自分の選んだ道の正しさを叫び、愛の調べに夢を乗せて自分の道を貫き通す。こうした小田さん自身の魂の咆哮がこの曲からは感じられます。
2位「Yes-No」
画像はイメージです。(photo by 8 kome)
80年にシングルで発表。オフコース名義では「さよなら」の次に売れた曲です。筆者自身このイントロの格好良さに衝撃を受け、オフコースにはまるきっかけとなりました。若年層の認知度は高くありませんが、実は現在に至るまで、オフコース時代の曲では一番コンサートで披露されている曲です。
小田さん自身、大ヒット曲の「さよなら」が商業的に売れることを目指して作ったという旨のことを語っており、ライブで歌われる頻度もそこまで高くないので、あまり好きではないのかもしれません。
CD音源では緩やかなテンポですが、オフコース時代のコンサートではキーを半音下げ(現在は全音下げ)、テンポを速くしてバンドサウンドを取り入れたロック調で披露していました。現在も「ラブ・ストーリーは突然に」と同様に、観客席のお客さんにマイクを向けて歌わせている人気曲です。
カラオケに行き、DAM機種でこの曲を歌う際は、キーを1つ下げてテンポを1つ早くすれば、オフコース時代のライブ音源に近くなるのでおすすめです(現在コンサートで披露されている同曲については、もう1つキーを落とせば完璧です)。
1位「YES-YES-YES」
画像はイメージです。(photo by ANGELOUX)
82年にシングルで発表。2000年以降に定番曲となり、ここ10年はコンサートでも必ず披露される小田さんお気に入りの曲です。小田さんの相棒である鈴木康博さんの脱退が決まり、5人のオフコース最後のコンサートとなった武道館のライブ(82年6月30日)で、アンコール後にCD音源が流されるとファンみんなで大合唱をしたことが伝説となりました。
「さよなら」がヒットした79年以降、オフコースは音楽性の違いにより、小田さんと鈴木さんの仲が悪化し、存続が危うくなります。この頃はそのためか曲調も暗くなり、「言葉にできない」に代表される悲しい名曲の数々が生まれた時期でした。しかし、この曲は鈴木さん脱退前の最後の曲ですが、それまでと打って変わった高く明るい、すべてを肯定するという歌です。筆者は「今後困難に直面しても、すべてを受け入れて乗り越えていくんだ」という小田さんの力強い決意を感じました。
小田和正名義にいたるまでの全楽曲を合わせても、最高音で終わる大サビの「あなたを連れてゆくよ」は、優しさと力強さが共存する小田さんの声質の良さを、最大限に引き出したフレーズでしょう。筆者は辛かった20代前半にこの曲の「全肯定」ぶりに救われていたので、今でもこの曲を聴くと当時を思い出して感動してしまいます。
現在のコンサートでは、前述の「Yes-No」のキーを下げている一方で、この曲は原曲キーのままです。このような高い曲のキーを下げないのはなぜでしょうか?オフコース時代でも歌いきれなかったほどの高い曲です。
実際、現在でも筆者は今までにコンサートに4回行き4回この曲を聴きましたが、小田さんがこの曲の最後の高音を出せたことはありませんでした。おそらくそれは、この曲のキーを下げると最後の大合唱の余韻が薄れてしまうからではないでしょうか。
小田さんのファンは老若男女を問わないといえども、大多数が小田さんと同じか、少し下くらいの年齢層です。
この曲の明るさは、それぞれの人生の辛い時期を思い出させる不思議な魅力を持っています。だからこそ、小田さんが歌えなくても、「みんな」で大合唱して、約3分ほどの短い間にそれぞれの人生を想起するわけです。なので、いまだに定番曲として披露し続けているのではないでしょうか。
まとめ
(photo by Ignacio Guerero)
つい熱が入ってしまいましたが、小田さんの曲は時代を超えて愛される理由に富んでいます。政治的なメッセージを入れたフォークソング全盛の時期から、平易でありながらも時勢の流行を入れない抽象的な歌詞を書き続けてきました。だからこそ、70年代の曲でも古さがないのです。
2019年6月現在、小田和正さんはツアーの真っ最中。チケットを取ってライブに行き、CD音源と変わらない生声を聴いてみるのはいかがでしょうか。
[ad#co-1]
(文/濱井 正吾)