読書の秋、「美味しい」文学に出会おう。

Gaku-yomuライターのとりです。
食欲の秋、読書の秋ですね。
どうせなら、いっぺんに味わいましょう。
本記事では「食」にまつわる3つの文学作品をピックアップしました。
いずれの作品も、”食事”という行為に対する新鮮な視点や、飯テロ要素を楽しむ事ができます。
ぜひご賞味ください。
①ブリア=サヴァラン『美味礼讃』
美食家紳士、「食」を語り尽くす。
ブリア=サヴァランは本物の紳士というべき人物。革命が勃発した激動のフランスを生きながら、芸術を愛し、あらゆる学問に親しみ、かなりの美食家でもありました。
そんな彼が晩年、人生の総決算として書いたのが『美味礼讃』。あるときは歴史的文脈、またあるときは生理学的観点から、調理のコツやちょっとした逸話も混じえながら、膨大な蘊蓄をもって語られる「食」へのトリビュートがこの本です。その知識量と美食への巨大な愛は、ある意味変態的とさえ言えます。
サヴァランはこの本を通して、食事と人生の優雅な調和を訴え、「美食学」なるものの確立を目指しました。彼は正しく食べることは、心身の健康、友人や恋人との楽しい会話に繋がり、経済が回る、と主張します。つまり、「食」は万事に通ず。
以下にサヴァランが見聞きした、楽しい食事にまつわるエピソードを引用しました。
料理を想像しながら、読んでみてください。
第一の皿がすむとオムレツにかかった 。それは丸くふっくらしていて、ちょうどよいかげんにこんがりと焼けていた。まずさじでそっと押すと、その腹から見るからにうまそうなにおいのよい汁がとろりと流れ出て皿に一杯になった。愛すべきジュリエットは見ていてごくりと生つばを飲んだのを認めざるを得なかった。
『美味礼賛(下)』「ヴァリエテ1 神父さんのオムレツ」より
②アーネスト=ヘミングウェイ『二つの心臓の大きな川』
歩き、食べ、生きる。ヘミングウェイの「キャンプ飯」
今流行りのソロキャンプ。ヘミングウェイは一世紀前からその魅力に気付いていました。短編『二つの心臓の大きな川』には、帰還兵のニックが森を歩き、釣りをし、食事を作る描写が丁寧に描かれています。自然との触れ合いが、戦争で負った心の傷を癒すのです。
ヘミングウェイの小説の登場人物たちはみな、よく歩き、よく飲み、よく食べます。歩いて腹が減ったら、美味い物を食べる。それはすなわち「生きている」ということですが、ヘミングウェイがそのようなテーマを繰り返し作品に描いてきたのは、二つの世界大戦を経験した暗い時代が背景にあってのことです。
以下のように、『二つの心臓の大きな川』でニックが釣った鱒(ます)を捌く場面には、「食べること」にまつわる生と死が鮮烈に刻まれています。
ニックはナイフをとりだし、刃をひらいて、丸太に突き立てた。それから袋を引きあげると、中に手を突っ込んで、鱒を一匹とりだした。しきりにくねる尾の近くをしっかりつかんで、丸太に頭を叩きつけた。鱒はひくひく震えて、硬直した。日陰に入っている丸太の上にそれを横たえ、残るもう一匹の鱒の首も同じようにして叩き折った。二匹の鱒は、並べて丸太に横たえた。いずれも素晴らしい鱒だった。
『ヘミングウェイ全短編1』「二つの心臓の大きな川」より
③ボフミル=フラバル『わたしは英国王に給仕した』
給仕人が見た、二十世紀のチェコ。
「お前は何も見ないし、何も耳にしない。でも同時に、お前はありとあらゆるものを見なきゃならないし、ありとあらゆるものに耳を傾けなきゃならない」
給仕人の心得を叩き込まれた小さな給仕見習いジーチェは、プラハのホテルを駆け回り、やがて百万長者に登りつめる…。しかし、『わたしは英国王に給仕した』は、単純なサクセスストーリーではありません。
彼の成功の背後にあるのは二十世紀チェコの運命そのもの。ナチスの支配、共産主義時代とその崩壊などが、悲劇であり喜劇でもある物語に巧みに織り込まれているのです。
ジーチェは様々な人々に給仕します。皇帝、ナチスの将校、大富豪、共産主義者…。彼らに気に入られて出世の道を駆け上がっていくジーチェの影で戦争が起こり、多くの人が犠牲になります。だから、以下のように無邪気な食事の場面ですら歴史の重みを背負っているといえます。
美食家で知られる政府の顧問役がこの料理、とりわけラクダの料理に興奮して立ち上がり、アーと大声を張り上げたのだ。最高に興奮して顔が光り輝いていたが、叫ぶだけではこの味の素晴らしさを表現するには足りず、顔をしかめて、 体育大会のように体操を始めたかと思うと胸をどんどんと叩き、それからまたソースにひたしたものを食べた。
(エチオピア皇帝をもてなす晩餐会の場面)
『わたしは英国王に給仕した』より
いかがでしょうか。
何かテーマがあると読書が一層捗ります。
また、特別な思い入れや知識があると食事も楽しく感じます。
今年はぜひ美味しい文学を片手に、秋を味わってみてください。
(文:とり)